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東京高等裁判所 平成11年(う)660号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

一  本件控訴の趣意は、弁護人松森宏作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

二  控訴趣意第二(訴訟手続の法令違反の主張)について

1  所論は、要するに、本件事案における捜査経過やその罪質、態様、証拠関係等に照らし、本件の公訴提起は濫用といえるものであって、本件公訴は棄却されるべきであったにもかかわらず、本件について実体判決をした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというのである。

2  そこで、原審記録及び証拠物を調査して検討すると、本件事案の罪質、態様等に照らしてその違法性や被告人の刑事責任が決して軽視できないことは、後記三及び四でみるとおりである。そして、当審における事実取調べの結果を合わせて検討しても、本件の公訴提起が公訴権の濫用によるものでないことは明らかである。

3  したがって、所論は採用の余地がなく、論旨は理由がない。

三  控訴趣意第一(事実誤認及び法令適用の誤りの主張)について

1  所論は、要するに、次のようなものである。すなわち、原判決は、罪となるべき事実として、被告人が、法定の除外事由がないのに、平成一〇年一一月一六日、東京都渋谷区所在のマンション内の被告人方において、回転弾倉式けん銃一丁(モデルガンを改造したもの。以下「本件改造けん銃」という。)を所持したとの事実を認定判示した上、この事実が銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)三一条の三第一項、三条一項に該当する旨判示している。しかしながら、〈1〉銃刀法三条一項で所持が禁じられている「けん銃」とは、人の殺傷を目的とするものであるところ、本件改造けん銃はガンベルトと一対のがん具ないし撮影用小道具であるから、その使用の目的や状態に照らして「けん銃」には該当しない。また、〈2〉本件改造けん銃は、それ自体、金属性弾丸を発射する機能を有しないから、「けん銃」には当たらない。さらに、〈3〉被告人には本件改造けん銃の所持について違法性の意識がなかった。したがって、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実認定の誤りがあり、ひいては法令適用の誤りがあるというのである。

2  そこで、原審記録及び証拠物を調査して検討すると、原判決挙示の関係各証拠によれば、原判決が罪となるべき事実として認定判示するところは正当として是認することができ、原審で取り調べたその余の証拠及び当審における事実取調べの結果を合わせて検討しても、原判決には所論のような判決に影響を及ぼすことが明らかな事実認定の誤りはなく、また、法令適用の誤りもない。以下に説明する。

(一)(1) まず、本件改造けん銃の形態や機能についてみると、押収してある改造けん銃(原審検察官請求証拠番号甲第四号(当庁平成一一年押第一六八号の1)。以下、甲乙の番号は原審検察官請求証拠番号を示す。)、警視庁科学捜査研究所の物理研究員である田尾三喜及び同石野正史作成の鑑定書(甲第六号)及び捜査報告書(甲第七号)を総合すると、被告人の所持していた本件改造けん銃は、非磁性体金属製の回転弾倉式モデルガンを改造したものであって銃腔内及び弾倉からいずれも充填物が取り除かれており、銃口内径及び弾倉内の薬室内径がそれぞれ一一・五ミリメートル及び約一一・二ミリメートルであって、正規の実包は適合しないものの、口径〇・二二インチロングライフル型縁打式実包の莢底中央部に穴を開けてそこに平玉火薬一粒をセロテープで貼付した改造実包を作成した上、同実包を口径〇・二二インチ用のアダプターに装填したものを薬室に装填した状態で、本件改造けん銃を万力で固定して引き金を引く試射実験を行った結果、右改造実包に装着されている弾丸が発射されるとともに、その弾丸が約五センチメートルの距離に設置した三枚の杉柾目板(一枚当たりの厚さは約一二ミリメートル)を貫通したこと、右実験後においても、本件改造けん銃には破損等の異状はなかったことが認められる。

(2) 弁護人は、右の点について、本件改造けん銃の発射実験は、前記のような実包を特別に製造した上、これを銃身及び弾倉の役割を果たす真ちゅう製アダプターに装填したものを薬室内に装填して行われており、本件改造けん銃の銃身及び弾倉は全くその機能を果たしていないばかりでなく、本件改造けん銃の銃身や弾倉は亜鉛でできており、その強度は弾丸の発射に耐え得るものではないから、右実験において、右実包から弾丸が発射できたからといって、本件改造けん銃の機能とは無関係であることなどに照らし、右鑑定の結果によって本件改造けん銃が弾丸発射機能を有するとはいえないと主張する。

しかしながら、右(1)認定のとおり、右実験に際し、本件改造けん銃自体の構造を変化させるような補修、改良等を何ら施さなくても、薬室に口径〇・二二インチ用のアダプターを装填するとともに、同インチの縁打式実包の莢底中央部に若干の工作を加えた改造実包を用いることにより、本件改造けん銃について殺傷能力を有する程度の弾丸発射が可能であったのである。しかも、証人田尾三喜の当審公判廷における証言によると、右実験において右アダプターを用いたのは、本件改造けん銃に正規の実包が適合しなかったことに加え、適合する実包を初めから製作することは、手数や時間を要する上、発射薬として用いる平玉火薬をほぐす工程等の点で危険性を伴う一方、右けん銃の薬室には右アダプターが適合したためであり、本件改造けん銃の構造や強度上の欠陥によるものではなかったこと、また、改造実包を作成したのは、右けん銃の撃鉄が中心打ち式であったが、右アダプターに適合する前記ロングライフル型実包が縁打式であったためであることが認められる。しかも、右実験に際して、弾丸が通過する銃身部や爆風の圧力を直接受ける撃鉄等の本体部に破損等の異状が全く生じなかったことも考慮すると、本件改造けん銃は、弾丸発射の際に受ける圧力に耐え、かつ、右のような改造実包を用いることにより、殺傷能力のある弾丸の発射機能を有するに至ると認められるから、弁護人の右主張は採用できない。

(3) 以上のとおり、本件改造けん銃は、これに適合する正規の実包が入手不能であるとはいえ、本件改造けん銃自体には何らの改造等を施すことなく、前記実験におけると同様のアダプター及び実包を用いることにより、殺傷能力を有する程度の弾丸発射が可能となり、しかも、その銃身及び本体等は弾丸の発射に耐え得る強度を有すると認められるのである。そして、前記(1)認定のアダプターの使用や実包の改造は、通常の手入れ又は修理にとどまるものと解されるから、本件改造けん銃は銃刀法所定の「けん銃」に当たると認めるのが相当である。

(4) なお、弁護人は、被告人が本件改造けん銃を自分の主催する撮影会等で必要なときにガンベルトと共にモデルに持たせるなどして撮影用の小道具として使っていたにすぎないのであって、このような本件改造けん銃の使用の目的や状態に照らし、同けん銃は銃刀法所定のけん銃には該当しないと主張する。しかしながら、けん銃としての構造及び性能を有する以上、同法所定のけん銃に当たると解されるのであり、それを所持する目的や状態等を考慮に入れる余地はないというべきである。したがって、右主張は前提を欠くものである。

(二)(1) 次に、右(一)でみた本件改造けん銃の弾丸発射機能に関する被告人の主観的な認識の点について検討すると、被告人は、捜査段階において、自分は、本件改造けん銃に鉛弾を詰めた手製実包を込めて撃てば鉛弾を発射することができるものであり、けん銃の機能をもっており、その威力も、鉛弾を発射して近くにいる人間に命中させたりすると、その生命を奪ったりその身体に危害を加えて怪我を負わせたりすることができる程度の強力なものであることは分かっていたなどと供述し、本件改造けん銃が弾丸発射機能を有することを認識していたことを自白している。そして、被告人の右自白は、被告人が長年にわたって手許に置いていた本件改造けん銃が、銃腔及び弾倉から充填物が除去され、銃口も完全に開口されており、弾倉を回転させたり撃鉄を起こしたりすることや、引き金を引くと同時に撃鉄が弾倉後部に激しい衝撃を加えることが可能であるなどの形態及び機能を有すること、さらに、被告人が手製の薬莢の下部に平玉火薬を貼り付け、上部にマグネシウムを詰めて引き金を引くことにより、マグネシウムに引火させて風船を割った経験を有することに照らしても、十分に合理的で信用性が高いというべきである。

(2) なお、弁護人は、被告人の右自白は、任意性がないとも主張するが、被告人の検察官及び司法警察員に対する本件各供述調書は、原審において、被告人(原審弁護人)が証拠とすることに同意して取り調べられたものであることに加え、その供述の任意性に疑念を生じさせるような状況は全くなく、右主張は採用できない。

(三)  さらに、弁護人は、被告人が本件改造けん銃の所持が違法であることを全く意識していなかったと主張する。しかしながら、被告人は、捜査段階において、本件改造けん銃のようなモデルガンを改造して作ったけん銃を持っていると処罰されることは承知していたなどと供述しているほか、前記(二)の(1)掲記の被告人の捜査段階の自白に照らしても、被告人に違法性の意識があったことは明らかである。したがって、右主張は前提を欠き、採用の余地がない。

3  以上要するに、前記鑑定書や被告人の捜査段階における供述を始めとする関係各証拠を総合すれば、原判示の事実は合理的な疑いを超えて認定できるのであるから、原判決には所論のような判決に影響を及ぼすことが明らかな事実認定の誤りはなく、また、法令適用の誤りもない。各論旨はいずれも理由がない。

四  控訴趣意第三(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人が本件について有罪であるとしても、被告人を懲役一年六月、三年間執行猶予に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討することとする。

本件は、被告人が自宅内で改造けん銃一丁を所持したという事案であるが、本件改造けん銃の人に対する殺傷能力が決して軽視できないことは前記三の2(一)の(1)でみたとおりである。しかも、被告人は、その述べるところによると、本件改造けん銃が現在のような状態に改造された後、三〇年近くにもわたってこれを手許に置いて所持していたというのである。したがって、本件犯行に伴う社会的危険性を軽くみることはできず、被告人は相応の刑事責任を免れない。

そうすると、前記三の2(一)の(1)でもみたとおり、本件改造けん銃はモデルガンを改造したものであり、正規の実包は適合しないこと、被告人が本件改造けん銃を用いて実際に弾丸を発射した形跡はなく、近い将来においてもその実際的な可能性は高くなかったものと窺われること、本件改造けん銃がすでに押収されていること、被告人が本件犯行について一応の反省の態度を示していること、被告人が暴力団と関わりを有する者とは認められないこと、被告人にはこれまで前科や前歴が全くないこと、その他所論指摘のような被告人のために酌むべき諸事情を十分に考慮しても、けん銃所持罪の法定刑の下限が懲役一年であるところ、被告人を懲役一年六月、三年間執行猶予に処した原判決の量刑はやむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

五  よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河辺義正 裁判官 中谷雄二郎 裁判官 高橋 徹)

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